朝顔という花に、これまであまり意識が向いたことはありませんでした。
子どもの頃に見た記憶はあるものの、
大人になってからは、街中で見かけても特に気に留めることはなかったと思います。
ただ、あるとき手にした縁頭に、朝顔が彫られていました。
そのとき、少しだけ引っかかるものがあったんです。
「朝顔って、こんなに印象に残るものだったかな……」
正直に言うと、最初は理由がわかりませんでした。
でも、何度か見返しているうちに、
少しずつ気づいていきます。
花の形。
蔓の流れ。
葉の広がり。
小さな金属の中に、ひとつの季節が収まっているように感じたんです。

気づいてから、見え方が変わりました。
街を歩いているとき、
ふと朝顔が目に入るようになったんです。
それまで何度も見ていたはずなのに、
ちゃんと見たことはなかったのかもしれません。
立ち止まって見ると、
色や形が少しずつ違っていることに気づきます。
そして、あの縁頭の朝顔を思い出す。
不思議な感覚でした。
現実の中にあるものと、
刀装具の中の表現が、
どこかでつながってくる。
その行き来の中で、
少しずつ“見る目”が変わっていくような感じがありました。
————
もちろん、技術的な魅力もあります。
金や赤銅、素銅の象嵌。
色の対比やバランス。
葉脈の表現も、とても繊細でした。
ただ、それ以上に印象に残ったのは、
「なぜこのモチーフを選んだのか?」ということでした。
朝顔という、ありふれた花。
それを、わざわざ刀装具として表現する。
そこに、何を見ていたのか。
少し気になるようになりました。
そして気づきます。
特別なものではなく、
身の回りにあるものをどう見るか。
それ自体に意味があったのかもしれないと。
そう考えるようになってから、
日常の見え方が少し変わりました。
季節の変化。
何気ない草花。
それまで流れていっていたものに、
少しだけ目が留まるようになります。
大きな変化ではありません。
でも、自分の中では確かな変化でした。
もしよければ、少しだけ考えてみてください。
最近、立ち止まって見たものはありますか。
それは、どんな理由で目に留まったのでしょうか。
もしかすると、そこに小さな変化の入り口があるのかもしれません。
ゆみのひとこと
朝顔って、もともとは通りすがりに見るだけの花だったんです。
でも、tomaが毎回足を止めて写真を撮るから、
だんだん特別に見えてきちゃって。
色も少しずつ違ってて、それがまたいいんですよね。
👇️次の記事はこちらです!
前回の記事を読まれていない方は、こちらもおすすめです👇️

紡盛堂のこと、もっと知っていただけたら嬉しいです。
刀装具や日本刀、日本文化にまつわる日々の気づきを、SNSでも発信しています。
よろしければ、こちらもあわせてご覧ください。
このブログが、ほんの少しでもあなたの感性に響くものであれば幸いです。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
