日本の四季を象徴する花々の中でも、「菊」はとりわけ特別な意味を持ってきました。
秋の花としての風情にとどまらず、高貴・長寿・不老不死といった象徴性を担ってきた菊の意匠は、刀装具の中にもたびたび登場します。
今回の記事では、菊という花が持つ文化的背景とともに、なぜ武士たちが刀装具にこの花を刻み込んだのか、その美学を紐解いていきたいと思います。
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もくじ
天皇家の象徴としての菊
まず触れておきたいのが、菊が日本の皇室の象徴であるという点です。
天皇家の紋章として有名な「十六八重表菊」は、現在でも公式文書やパスポートに用いられています。
菊は中国から伝わった花ですが、日本では特に格調高い花として位置づけられ、奈良・平安時代以降、皇族や貴族の間で重用されてきました。
その美しさと共に、「重陽(ちょうよう)の節句」に代表されるような長寿を祈る行事とも深く関わっており、不老長寿の象徴とされてきたことが、菊を高貴な意匠として定着させた一因です。

武士にとっての「菊」の意味
しかし、菊が意味を持ったのは宮廷文化だけではありません。
鎌倉時代以降、武士たちも菊を「高潔さ」や「潔さ」の象徴と捉え、自らの美学に重ねてきました。とくに江戸時代には、刀装具の装飾として多くの菊意匠が彫られるようになります。
武士にとっての理想像──静かに咲き、気品をまといながらも、凛とした佇まいを見せる菊の姿は、自らの振る舞いと重なるものがあったのではないでしょうか。
特に、満開ではなく、咲きかけの状態で描かれる菊の表現には、慎ましさと内なる力強さが宿ります。
刀装具に咲く菊の意匠
刀装具における菊の表現は非常に多彩です。
目貫や縁頭、鐔などに菊があしらわれるとき、その配置や組み合わせには繊細な意図が込められています。
たとえば、流水と組み合わせた「菊水」は、流れに抗いながら咲く菊の強さを象徴し、縁起の良い図柄として人気を博しました。
枝付きの菊(枝菊)は、流れるような構図が特徴で、その動きの中に静けさが漂います。
花の配置には程よい余白があり、密ではないからこそ一輪の存在感が際立ち、風の通り道や季節の気配までも感じさせる美しさが宿っているのです。
天皇家と武士の対比──同じ菊でも意味が違う
天皇家にとっての菊は「永続」「権威」を象徴するものであった一方で、武士にとっての菊はもう少し個人的な精神性や慎ましい美意識と結びついていたように思われます。
同じ菊という花を選びながらも、その見つめる方向や求める理想は異なる──この対比は、日本文化の多層的な美意識を語るうえで興味深い点です。
受け継がれる秋の象徴
現代においても、着物や工芸品の文様として「菊」は愛され続けています。
季節の移ろいを楽しみながら、そこに込められた祈りや象徴を感じ取ることは、日本文化の醍醐味のひとつです。
刀装具に咲いた小さな菊の花。
それはただの装飾ではなく、持ち主の美学と人生観が凝縮された象徴でもあったのです。
菊という意匠を通じて、私たちは武士たちの静かな誇りや、ひとつの花に託した美意識に触れることができます。

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