尾張鐔とは何か──史料なき名品の正体を探る
刀装具の愛好家の間で、「透鐔の行き着くところは尾張である」という言葉がよく聞かれます。 鉄地透鐔の世界において、尾張鐔はその頂点に置かれてきました。「紫錆(むらさきさび)」と呼ばれる深い紫色を帯びた地鉄、豊かな平肉、力強...
刀装具の愛好家の間で、「透鐔の行き着くところは尾張である」という言葉がよく聞かれます。 鉄地透鐔の世界において、尾張鐔はその頂点に置かれてきました。「紫錆(むらさきさび)」と呼ばれる深い紫色を帯びた地鉄、豊かな平肉、力強...
元禄十四年(一七〇一)三月、江戸城中で浅野長矩が吉良義央に刃傷に及んだ。翌元禄十五年十二月、大石内蔵助率いる四十七士が吉良邸に討ち入った。この「赤穂事件」は、元禄という時代を象徴する出来事として今日まで語り継がれています...
刀装具の世界に足を踏み入れると、ほどなくして「正阿弥(しょうあみ)」という名前に出会うことになります。古美術店の棚に並ぶ鐔(つば)の極め札、刀装具の入門書のページ、あるいは祖父の遺品の桐箱の中。どこへ行っても「正阿弥何某...
後藤家は、刀装具の制作において長く宗家としての地位を保ち、格式ある「家彫」の系統として知られてきました。江戸幕府をはじめとする将軍家や有力大名に仕えたその歴史は、権威と制度のもとに積み重ねられたものといえます。 その一方...
家彫という言葉に象徴されるように、後藤家の刀装具は単なる職人仕事ではなく、家格や組織的な仕組みと共に紡がれてきた技術と格式の集積でした。 前編では、初代祐乗から四代光乗に至るまでの技術と思想の確立をたどりましたが、後編で...
日本刀を飾る刀装具は、単なる装飾にとどまりません。 武家の身分や美意識を映し出すこれらの彫金は、時に権威の象徴として、時に精神性を語る手がかりとして重んじられてきました。 その中でも後藤家は、四百年にわたり将軍家や大名に...
最初に透かし鐔を見たとき、少し違和感がありました。 綺麗なのはわかる。 でもそれ以上に、「なんでこれが成立しているんだろう」と思ったんです。 刀装具の中でも、鐔はよく手に取るもののひとつです。 その中で、ふと目に入ったの...
日本刀に出会って、4年ほどになります。 でも最初は、知識なんてまったくありませんでした。 きっかけは、ただの「なんとなく」でした。 お店で刀を見て、「あ、これいいな」と思った。 それだけです。 刃文がどうとか、時代がどう...
刀装具を眺めていると、ふと「これを誰が作ったのだろう」と思うことがあります。目貫、縁頭、鐔──どれも小さな金属の板や塊にすぎません。けれどそこには、植物や動物、人物や風景までもが息づいていて、まるで時を越えて語りかけてく...
刀装具と聞いて、多くの人は「美術館に飾られているようなもの」や「ガラスケースに収められた骨董品」を思い浮かべるのではないでしょうか。実際、私自身もこの世界に足を踏み入れる前はそう感じていました。 しかし、刀装具を手元に置...
気づいたら、鐔を手に取ると“裏側”ばかり見ている自分がいました。 もちろん、最初は表を見ています。 でも、ほとんどの場合、すぐにひっくり返してしまう。 自分でも、ちょっとおかしいと思います。 刀装具を見るとき、裏と表の両...