一度離れたのに、なぜか忘れられなかった縁頭の話
Share
その場では、特に何も言いませんでした。
でも、あとから思い返すと、
すでに決まっていたのかもしれません。
==
その日、刀装具をいくつか見ていました。
縁頭も並んでいて、
ひとつひとつ手に取って見ていきます。
どれもそれぞれ良さがあって、
正直、その場では決めきれませんでした。
その中に、萩と鹿の意匠の縁頭がありました。

特別に目立つわけではない。
でも、なんとなく印象に残る。
そんな存在でした。
結局、そのときは何も買わずに店を出ました。
==
そのあと、外で食事をしているときに、
ふと、あの縁頭のことを思い出しました。
さっき見た中で、
なぜかそれだけが頭に残っている。
理由はよくわかりません。
でも、気づくと、
もう一度見たいと思っていました。
==
「少しだけ、戻ってみようか」
そんな気持ちになって、
その日のうちに店へ戻りました。
改めて手に取ってみると、
やっぱり少し引っかかる。
いい意味で、違和感がある。
その感覚のまま、購入しました。

あとから考えると、
なぜ惹かれたのかが少しずつ見えてきます。
地板は赤銅で、細かい魚々子が打たれている。
そこに金の象嵌で表現された萩。
そして、素銅の鹿。
小さな面の中に、いくつもの要素が入っているのに、
不思議とうるさく見えない。
むしろ、落ち着いて見える。
最初に感じた違和感は、
このバランスだったのかもしれません。
派手なのに、静か。
その感覚が、あとから残っていたんだと思います。
==
後から知ったことですが、
万葉集には萩と鹿を詠んだ歌があります。
吾岳尓 棹壮鹿来鳴 先芽之 花嬬問尓 来鳴棹壮鹿
(わがをかに さをしかきなく はつはぎの はなづまどひに きなくさをしか)
この歌は、
「我が岡に牡鹿が来て鳴いている。初萩の花を妻に見立ててやってきて鳴くのだろうか」
という風情ある詠みぶりです。
萩の花のそばに現れた鹿を、
求婚の情景として捉えたものです。
それを知ったとき、
この縁頭の見え方が少し変わりました。
ただの装飾ではなく、
ひとつの情景として感じられるようになったんです。
==
縁頭を意識して見るようになってから、
刀全体の見え方も変わりました。
目立つ部分ではないはずなのに、
全体の印象を静かに支えている。
小さな面の中に、
思っていた以上に多くの要素が込められている。
そういうものに、自然と目がいくようになりました。
==
もしよければ、少しだけ思い返してみてください。
その場では決めなかったのに、
あとからなぜか思い出してしまうものはありませんか?
それは、どこに引っかかっていたのでしょうか。
もしかすると、
それが自分の中の「好き」の入口なのかもしれません。
ゆみのひとこと
実はこのとき、一緒に見てました(笑)
お店では何も言ってなかったのに、食事のときに同時に「あれ良かったよね」ってなって。
ちょっとびっくりしました。
あのまま話に出てこなかったら、たぶん買ってなかったと思います。
👇️最初の記事はこちらです!