矢羽に込められた“まっすぐな願い”──文様としての矢羽根目貫

刀装具には、実にさまざまな意匠があります。
動植物や伝説上の存在だけでなく、身近な道具や文様が題材となることも少なくありません。

今回ご紹介する「矢羽根(やばね)」の目貫は、その代表的な例のひとつ。
古来より武士の象徴であった“矢”の一部を、装飾として昇華させた造形には、今も色褪せない意味が込められています。

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矢羽根という文様の背景

矢羽は本来、矢をまっすぐに飛ばすための機能を担っています。
ですが、日本文化の中ではその形に意味が与えられ、「目標に向かって迷いなく進む」象徴として広まりました。

たとえば、着物の柄として知られる「矢絣(やがすり)」は、江戸時代の婚礼衣装などにも使われました。
そこには、「矢のように戻ってこない=出戻らない」という願いが込められており、新たな門出を祝う意匠として大切にされてきたのです。

このように、矢羽根という文様には、まっすぐな意志、厄除け、門出の象徴といった意味合いが重なっています。

武家に好まれた象徴的意匠

矢羽根の意匠は、“武”と密接に関わるモチーフとして、刀装具にもしばしば用いられました。
戦国時代の武士にとって、矢は単なる武器ではなく、精神的な象徴でもあったのです。

弓を引く緊張感や、放たれた矢の鋭い動き。
そうした所作の美しさは、刀装具に取り入れられることで、抽象的な「力」や「意思」の表現となって現れました。

特に目貫のような小さな部位においては、その静かで凛とした造形に“まっすぐな想い”が凝縮されているようにも感じられます。

矢羽根目貫の意匠と技法

今回ご紹介する目貫は、赤銅(しゃくどう)を素材とし、魚々子(ななこ)という繊細な点彫り技法によって仕上げられたものです。

矢羽根の形は一見シンプルですが、魚々子の微細な表情が立体感と陰影を生み出し、光の角度によって奥ゆかしい輝きを放ちます。
さらに、羽根の一枚一枚に施された彫りは精緻で、静かな構成の中に流れるような動きを感じさせる仕上がりになっています。

赤銅の深い黒味と、魚々子の控えめなきらめきが調和し、派手ではないけれども強い存在感を放つ──そんな品格ある一対です。

文様としての広がりと連続性

矢羽根は刀装具に限らず、家紋や和装においても広く親しまれてきた意匠です。 代表的な家紋「違い矢(ちがいや)」などは、武家の精神性や家の系譜を表すものとして多く用いられました。

また現代でも、着物や帯に施された矢羽根文様は、変わらぬ意味と美しさを湛えながら人々に愛されています。
このように、文様としての矢羽根には、時代を越えて伝わる日本人の美意識の連続性が存在しています。

その文脈の中に、今回の目貫も静かに位置しているのです。

小さな装飾に込められた大きな願い

目貫という刀装具は、柄に巻かれて一見すると目立たない存在かもしれません。
けれど、その小さな空間に込められたモチーフには、時にとても強い意志が宿っています。

今回の矢羽根の目貫には、「まっすぐ進む」「目標を射抜く」といった祈りが込められているように感じます。
それは装飾というよりも、お守りのような存在。
過去の武士たちがそうであったように、現代を生きる私たちにとっても、心の支えとなる力を与えてくれるのかもしれません。

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